突然だが、いぼができた。病気というものはいつも突然だ。病気は百代の迷惑野郎にして、行き交うウイルスもまた迷惑野郎なり。
迷惑野郎にはたくさんの種類があるが、今回は一番よくある所謂「ふつうの」いぼで、手足に小さな豆のようなものを作るやつだ。医学的には尋常性疣贅というらしい。ウイルス性で、ヒトパピローマウイルス、通称HPVの感染が原因のものだ。HPVはウイルスなので無数に種類があり、分類上は200種類にもなるようで、子宮頸がんの原因となる凶悪な種などを除けば基本的に雑魚だが、雑魚には雑魚なりの戦い方がありこいつは偽装工作をして免疫から逃れるとかいう普通にキモくてウザい戦略を取っている。ウイルスキモスギ罪により原則30秒以下の凍結刑が科せられる。
実は今回、とても病院に行きたくなかった。無論好きで病院に行く人はいないだろうが、特別びびるだけの事情があった。何を隠そう、私の身体には手足合わせて15箇所ものいぼがあったのだ。いぼ治療は液体窒素、ということは知っていた。ネットで調べたところ、1箇所10秒から30秒程度当てるという話だったから、計7分程度液体窒素を当て続けられることになる。拷問かな?
なあ、俺何か悪いことしたかな。たしかに長期間放っておいてしまった。でも意図的じゃないんだ。はじめ透明な水ぶくれのようなものが7個同時にできた。火傷もしていないしおかしいな、と思ったが、しかしそれほど膨らんでもいないし痛みもないしまあいいか、程度に思ってしまったのだ。数ヶ月経っても消えず、訝しく思っていたところ急に白く硬くなってきて、おやおやこれはおかしいぞと思ってすぐ受診した。しかしそのときにはもう15箇所に増えてしまっていたのだ。
私はいぼに関して知識不足だった。いぼの実物を見たことがなかったし、いぼといえば突起のものだと思っていた。豆のようないぼを見たことがなかったのだ。でもそんなの、私は悪くないだろう(責任転嫁)。
しかし私は偉いので、Twitter(一時的にX)で駄々を捏ねつつも近所の皮膚科を受診した。最近は病院も進んでいて、Web予約もあるしスマートパスとやらでオートでカード決済できるらしい。しかし私は遅れているのでアプリも入れずアポ無しで突撃した。
住宅街にあるアパートのような佇まいの建物だったが、自動ドアをくぐれば暖色に包まれ、洒落たソファが置いてあるリラックス空間が広がっていた。美容皮膚科を兼ねているので、そうした層を意識しているのだろう。
予約はなかったのだが、数分と待たず診察に呼ばれた。病院は永遠待機がデフォだと思っていたので、これは嬉しい誤算だった。やはり他の客は美容皮膚科で、カウンセリングでも受けているのだろう。
診察。優しそうなお兄さんが座っていた。かなり若そうで、先進的な設備に納得した。いぼは視診なのだが、問診票に書いていたこともあってか、刹那、手をほんの一瞬見せただけで終わった。流れるように治療の説明が行われる。
「基本的に液体窒素を当てていきます。あまりに痛ければ軽くやったり、他の治療もありますが……。」
実際、他の治療もいくつかあるようだが、液体窒素より効果が低いため行っている病院はあまり多くないようだ。私はランドチキンなので間髪入れずにどのくらい痛いですかと聞くと、そうですね、と小首を傾げ、「小さな子どももやるくらいなのでそれほど痛くないですが、泣き出してしまう子も多いです」と続けた。どっちやねん。
そんなやり取りをしているうちに、銀色の缶に入った液体窒素と、痩せ細った綿飴のような、綿がぐるぐる巻きになった棒が運ばれてくる。早い。早すぎる。液体窒素を人体に当てるという拷問が皮膚科では日常なのだろう。お前ら液体窒素って何度か知ってるか? -196℃だぞ、あり得ないだろ。こんなもの人体に当てるな! 覚悟を決める間もなく治療が始まる。
「まずは軽くやってみて、無理だったら考えましょう。」
「まずは中指から。」
医者は左手の中指、いぼの密集地帯から攻めることにしたようだ。5秒くらい棒を当てる。シュウと肉の焼ける音がするが、何も感じない。再び5秒くらい棒を当てる。最後に1、2秒、強い刺激が走る。あ、これは痛い。そして再び5秒。純粋な痛みが増大していく。痛みで息が漏れる。アピールを兼ねて、「痛い、痛いっす」と情けない声を上げておいた。
その後も1回5秒程度を3セット繰り返す処置が行われた。痛いが、たしかに耐えられないほどではない。麻酔針の方が痛いこともあるというような記事も読んだが、麻酔針よりはだいぶ痛い。最初は痛くなくて、冷えてくる2、3回目の後半が痛い。針で刺す痛みとか、熱いものに触れている痛みが近いかな。
痛みに悶えつつもなんとか15箇所の治療を終えた。お疲れ様でした、と医者が笑う。密集地の中指は冷たくなっていた。情けない成人男性を見かねたのか、ひとつ提案をしてくれた。
「一応、劇的に効くわけではないのですがヨクイニンという内服薬もあって……。」
手足のじんじんと響く痛みに無理無理の実の能力が発現し、くださいと0.2秒で返答した。ヨクイニンを使いつつ、液体窒素治療を行うことになった。
待合のソファに腰掛けているうちにおおかた痛みはおさまった。触っても少し痛いくらいだ。一つ例外なのは、小指には連結したいぼがあったのだが、そこを個別ではなくど真ん中一撃で広めにアイス・エイジされた結果水脹れになり、火傷の痛みがじんじんとした。次は二回に分けるよ
うにお願いします。
なお、経過を知りたい人のために記しておくが、一時間後くらいには結局ぜんぶ火傷になって、痛みが4〜5日続いた。火傷の痛みと全く同じと思っていい。平時の痛みは1日でおさまるが、2〜3日は触れると激痛で、焼いた指は数日使えなくなると思った方が良い。
帰り道、小さな薬局に寄った。家から一番近い薬局なのだが、意外にも二十五年ではじめて訪れた。
狭い店内に所狭しと老人が腰掛けている。隣に内科があるから賑わっているのだろう。処方箋を手渡して、端の小さなパイプ椅子に座った。治療薬のヨクイニンは漢方だ。皮膚の生まれ代わりを促進し、免疫を活性化するとされているが、作用機序は不明。れきしの ちからって すげー!
おばあちゃんの薬剤師に呼ばれて、薬を受け取る。「疲れてたのかな?」と聞かれて意味がわからず戸惑ったが、雑魚ウイルスだから主に子供と老人がなる病気で、成人は比較的珍しいというネットの記述を思い出して、ああいぼのことか、と把握した。
「いやあ、そうなんですかねえ……。」
本当にそうなのかなあ、と思う。名古屋大学はもう卒業したのに……。ひとつ思い出したのは、一時期、外出するたびに風邪を引いていたようなことがあった。相当免疫が弱っていたのだろう。その理由は結局分からないのだが。
帰るともう昼だった。食前の服用なので、すぐにヨクイニンを飲む。漢方は食というだけあって、毎食6錠、1日18錠という尋常じゃない量を飲む必要がある。尋常性疣贅なのに尋常じゃないとはこれ如何に。はい、アイス・エイジってね。
味は、うーん、うまいかな? 素朴な味。ハトムギが原料らしいのだが、麦に近いと言われればそうかもしれない。どちらかといえば美味しいかな。麦の香ばしさを少し感じる。冷たい水をぐいっと飲むと、その喉越しとほんのり残った香ばしさに、夏だな、と思った。