前回の記事が少しハイコンテキストすぎたかなと思うので、格闘ゲーム界隈にあまり馴染みがない人にも伝わるように補足しようと思います。
まずこの話は格闘ゲームに限った話ではありません。一般論を格闘ゲームという例で書きました。
怒りというものは理不尽を感じたときに湧いてきます。現実には焦りとか他の原因もあるのですが、少なくとも格闘ゲームの中ではほとんどが理不尽に対する怒りです。
では理不尽を感じるとはどういうことか。それは納得がいかないことです。そして納得がいかない原因は主に二つあり、①知識や理解が不十分である、②本当に理不尽である、だと思います。
①の場合はキャラ対策がとても有効です。キャラクターの知識をつけ、理解を進めることで、ゲームの展開に納得がいくようになります。負けたときに「なんで俺が負けんねん!ふざけんな!」と雑に憤るのではなく、知識や理解に基づいて、ここはミスしたから練習しよう、ここは読み負けだからしょうがない、ここはまだ体力に余裕があるから別の読み合いを軸にすべきだった、ここはまだ理解が足りない、など具体的な分析が可能になります。まっさらな状態では負けに対して憤ることしかできませんが、知識をつけ分析が可能になると自分を改善することに意識が向くようになります。
②の場合でも、キャラ対策が有効です。理不尽ならしょうがなくないか、と思うかもしれませんが、勝負事である以上、勝つために努力するしか道はありません。理不尽があったとしても、理不尽を軽減できないか、理不尽な状況に持っていかれないようにすることはできないかなど、考えることはいくらでもあります。ですからキャラ対策が有効です。ちなみにそれでも本当に無理だったときは納得してキャラを変えるかゲームをやめるかすることができるので、やはりこれで解決です(ほんまか?)。
格闘ゲームにおいて理不尽はよくあります。というかマイルドな理不尽のオンパレードなのですが、それを飲み込んだ上で勝つ方法を模索するのがキャラ対策である、とも言えると思います(というかキャラ対策に限らず攻略全般ですね)。理不尽を理解した上で工夫しているので怒りが湧いてこないということですね。
元記事では人類は生存のために怒りを獲得した、とか書きました。あれは半分本気なのですが、半分は冗談で、仮説が真であっても偽であっても良いというのが本音です。本当の主題は、怒りというエネルギーは攻略に向けるのが怒りを鎮める意味でも強くなる意味でも効率が良いよ、ということです。
さて、最初の話に戻りましょう。これは一般論です。ゲームの外で怒りを感じることはあまりないかもしれませんが、小さな怒り、小さな理不尽くらいならよく感じるかと思います。そういうときは飲み込むのも良いですが、少しゲーム脳になって”キャラ対”してみてはいかがでしょう。